2013年12月6日金曜日

「311いのちのわ」


311いのちのわ実行委員会 大武優子(らん)

毎年3月11日に近い日曜日に、大分市若草公園で開かれる「311いのちのわ」は来年で3回目を迎えます。東日本大震災への追悼と脱原発、そしてマルシェを大切にしたイベントです。私はこの311いのちのわ実行委員会の中で主にマルシェを担当しています。
もともとこの実行委員会は、震災が起こった年の10月に「さよなら原発パレード」を行う為に各団体や脱原発を願う個人が参加して結成され、「さよなら原発実行委員会」という名称でした。私はこの委員会に「若い人たちの力を貸してほしい」と誘われて参加し、10月の集会とデモに自身が所属するバンドの出演をお願いしました。
このバンドのメンバーで、いつも震災のことや、原発への憤りなどを練習後に話していたりしたので、絶対に参加してくれるものと思っていました。ここに出演するかしないかはみんなで長く議論されたみたいです。私はそこには居ず、メンバーの1人が丁寧にメッセージをメールで送ってくれました。メールを送ってくれた彼女のお友達の家族は原発の関係企業で働いていました。その家族の生活のことを思うと、彼女にとって原発に簡単に反対は唱えられないこと。そして、反対を訴えながらとても利己的な生活をしている人たちを多く見てきたこと。反対反対と叫び、他を糾弾しながら街を練り歩くことがとても平和的な行動だとは思えないこと。これが彼女がこの集会とデモに参加できない理由でした。結局賛同できるメンバー数人が、バンドとしてではなく私の友達として参加してくれました。メールをくれた彼女のメッセージは終わった後もずっと私の胸に残っていました。
「反対と意志表示を続けることはとても大切なこと。けれど、ただ反対と訴えるだけでは多くの人の心を動かせない…
どうして原発はなくならないんだろう?誰に責任はあるのだろう?どうしたら原発はなくなるんだろう?」
もし本当に原発をなくしたいと願うならば、私にできることは何なのかな?ってずっと考えていました。



原発は今の経済主体の社会が生み出したモノです。どこまでも求め続ける経済発展と便利すぎる生活、自然と切り離された地に足のつかない生活。こんな今の社会の在り方が続いていればきっと原発はなくならないだろうし、1人1人の生活の意識が変わらなければ次々に原発に代わるモノが生み出され、違う課題を子どもたちの世代に残し続けるだけなんじゃないだろうか?実際代替エネルギーとしての風力発電も太陽光発電(特にメガソーラー)も多くの負荷を自然にかけてきています。きっと原発を生み出し、今もそれを残している責任は他にあるのではない。私たち1人1人が強い反省を持って変わっていかなければいけないんじゃないか。
311をきっかけとして特に子どもを持つ多くの家族が田舎へ移住し、懐かしくも新しい生活を始める人が増えています。お金を多く得ない、命と人との繋がりを大切にし、食を、衣を、住を丁寧に見つめる生活。自然を敬い、足ることを知り、出来る限り自給自足する。これは私たちのおじいさんおばあさんたちが当たり前のように知恵として残してきてくれた懐かしい生活。この生活を見直していくことが原発と共存しない未来をつくっていくことだと、自身の生活を通して私たちに教えてくれているような気がします。

10月の集会とデモが終わった後の委員会で、その次の年の3月11日(震災のちょうど1年後)に311のデモと集会を行う提案がされました。ぜひマルシェをさせて下さいとお願いしました。
マルシェは市です。このマルシェに懐かしく新しい未来を創造する人たちが出店し、訪れる人たちがその生活にマルシェを通して触れることができれば、何かを伝えることができるんじゃないだろうか?ほんの少しでも、今までの意識が変わるだけで世界は大きく変わっていくのではないかと思いました。
そして実行委員会の中でも本当に多くの話し合いが続けられて、「さよなら原発実行委員会」は「311いのちのわ実行委員会」となりました。

311いのちのわは、来年もマルシェとデモ行進を行います。自身の生活を見つめ直すこと、そして反対の意志を表現し続けていくこと。どちらもとても大切なことだと思います。
テーマは重く深刻なものだけれど、長く続けていくために運動は楽しんで欲しい。今まで興味関心のなかった1人でも多くの人に足を運んでもらうだけでなく、家族や友人と一緒に、同じ想いを共有する人同士がここで楽しみ、情報を交換して繋がり、そして新しいよりよき未来をイメージして共に歩いて欲しいと願っています。

2014年3月9日(日)大分市若草公園にて 10時より「311いのちのわ」

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